2025年は大東亜戦争終戦80年の節目を迎える一年となります。戦後80年、日本はどのような道のりを辿り、いかなる国家になってしまったのか。日本国民はいかなる道を歩み、どのような国民になってしまったのか。戦後80年の節目を迎えるに当たって、私たちは改めて、「大東亜戦争とは何だったのか」という重大な問いかけに真摯に向き合わなければならないのではないかと思うのです。それは、戦後、私たち日本人が何よりも大切なものを見失ってしまったからであり、その失ってしまったものを捜し出すことさえも諦めてしまっているかのように感じるからです。
では、私たちが戦後失ってしまったものとは何でしょうか。捜し出すことさえも諦めてしまったものとは何でしょうか。それは、歴史の真実です。真実を見失った民族は自信と誇りを失うようになり、真実を捜し出すことを諦めてしまった国家には夢も希望もないからです。
真実を覆い隠すことは歴史の捏造(ねつぞう)となり、真実に目を向けないことは偽善を生み出す温床となります。私たちは今こそ、真実に目を向けなければならず、真実の声に耳を傾けなければならないのです。真実だけが後世へと語り継がれるべき遺産であるからです。そして、真実に対して謙虚であり続けることによってのみ、私たちは歴史を教訓とすることができるのです。
それでは、現代の日本人が何よりも知らなければならない真実があるとすれば、それは何でしょうか。それは大東亜戦争の真実です。大東亜戦争という国家の一大事業がいかなる理念と目的によって始められたのか、あの戦争に尊い命を捧げられた先人たちの忠君愛国の精神とはどのようなものだったのか、そのありのままの真実を知ることなのです。大東亜戦争の真実を知ることこそ、現代の混迷する日本社会に生きる一人一人の国民にとって何よりも必要なことであると思います。
「大東亜戦争の真実」については、改めてより詳しく検証してみたいと思いますが、ここではその真実に近づくための第一歩として、日本人が決して忘れてはならない「証言」について書き記しておきたいと思います。これからご紹介する「証言」を大東亜戦争の真実に至る道標(みちしるべ)として心に刻んで下さることを願っています。
まず、ご紹介したいのは、連合国軍最高司令官であったダグラス・マッカーサー元帥の証言です。1951年5月3日、米上院軍事・外交合同委員会の聴聞会に召喚されたマッカーサー元帥は、日本が連合国に戦争を仕掛けた原因について、次のような証言をしました。
「日本は四つの小さい島々に八千万人近い人口を抱えていたことを理解しなければならない。日本の労働力は潜在的に量と質の両面で最良で、彼らは工場を建設し、労働力を得たが、原料を持っていなかった。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫(すず)がない、ゴムがない、他にもないものばかりだった。そのすべてがアジアの海域に存在していた。もし、原料供給を断ち切られたら、一千万人以上の失業者が発生してしまうことを日本の指導者は恐れた。したがって、日本が戦争を始めた理由は、ほとんど安全保障上の必要に迫られてのことだった。」
この証言に会場はざわめき、聴聞会のメンバーからは驚きの声が上がりました。それもそのはず、この証言が真実であるならば、日本は侵略戦争をしたのではなく、自衛のための戦争をしたことになるからです。日本は侵略国家であり、その日本を打ち負かすための正義の戦争が太平洋戦争であったというのが、連合国の絶対的な歴史観でした。しかし、その連合国の最高司令官が日本の起こした戦争は侵略戦争ではなかったと証言したのです。これでは、先の大戦の前提は根底から覆されてしまいます。そればかりか、極東国際軍事裁判(東京裁判)の正当性さえも失われてしまうことになるのです。
マッカーサー元帥の証言は当然のことながら激しい怒りを買い、マッカーサー元帥に対する国民的人気は急速にしぼむ結果となりました。それでも、このような証言をしたことには実に深い意味がありました。マッカーサー元帥は国際情勢の現実を大局的に眺め、世界歴史の隠れた趨勢(すうせい)を達観していたのです。そこから見えてきた真実、それが大東亜戦争は侵略戦争ではなかったという結論でした。
もう一つの重要な証言があります。それは、ハーバート・フーバー米国第31代大統領が自らの回想録において書き残したものです。1946年5月にマッカーサー元帥との対話の中でフーバー元大統領は次のような驚くべき発言をしていました。
「日本との戦争のすべては、戦争に入りたいという狂人(ルーズベルト第32代大統領)の欲望であった。」
この発言を聞いていたマッカーサー元帥は特段に驚くこともなく、フーバー元大統領の発言に同意したというのです。
フーバー元大統領はさらに続けて、こう言いました。
「1941年7月の経済制裁は単に挑発的であったばかりではない。それは、たとえ自殺行為であると分かっていても、日本に戦争を余儀なくさせるものであった。なぜなら、この経済制裁は、殺人と破壊を除く、あらゆる戦争の悲惨さを(日本に)強制するものであり、誇りのある国ならとても忍耐できるものではないからだ。」
米国による厳しい経済制裁により日本は戦争を余儀なくされたのであり、日本に戦争をするように仕向けたのは、当時のルーズベルト政権そのものであったというのです。そして、この発言に対してもマッカーサー元帥は何らの異を唱えることもなく、全く同意したというのです。
米国を代表する二人の証言は、私たちに何を教えているのでしょう。私たちはこの証言を通して何を知ることができるのでしょう。マッカーサー元帥も、フーバー元大統領も、日本は侵略戦争をしたのではなく、自国を守るための自衛戦争をしたと断言しました。これこそが、大東亜戦争の真実なのです。
私たち日本人は戦後80年の深い眠りから覚めて、歴史の真実について眼を開かなければなりません。大東亜戦争の敗戦により、日本人のほとんどがGHQの占領政策のために真実を知ることができなくなり、ある種の洗脳状態に置かれてきました。そして、占領統治が終了し、独立を回復してからも、日本人はその洗脳状態から脱することができず、また、あえて大東亜戦争とは何だったのか、その真実を知ろうともしませんでした。盲目的な平和主義に囚われ、国家のために一命を捧げて散華された先人の歩みを愚かで惨めなものであると軽蔑し、国のために尽くした忠節を踏みにじるような生き方をしてきたのです。
私たち日本人は戦後、大きな過ちを犯してきたのではないか、とてつもない思い違いをしてきたのではないか、そのように思えてならないのです。
『論語』には「過(あやま)ちては改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」という言葉があります。これは、「過ちを犯したら、ためらうことなくすぐさま改めなさい」という意味です。また、「過ちて改めず、是(これ)を過ちと謂(い)う」ともあり、これは、「過ちを犯したのに改めない、これが真の過ちである」という意味です。
戦後80年を迎えるに際して、私たちは真実の声に耳を傾ける謙虚さを持たなければなりません。そして、歴史の真実は世界にあまねく宣べ伝えられなければならないのです。日本は侵略戦争をしたのではない、という真実を今こそ世界中の人々に告げ知らせなければならないのです。
戦後80年を迎えるにおいて、日本が果たすべき世界史的使命の一つが大東亜戦争の真実を語り伝えることであると思います。真実を語り継ぐことで、日本人は誇りと自信を取り戻すことでしょう。大東亜戦争の真実を語り続けることで、中国人民は中国共産党によって捏造された歴史教育のくびきから解放され、韓国民は歪曲された反日教育の呪いから救われることでしょう。どんなに深い暗闇が迫って来ても真実の光を覆い隠すことはできません。どんな悪意に満ちた捏造や改竄(かいざん)によっても真実の灯火をかき消すことはできないのです。大東亜戦争の真実を宣べ伝えるという世界史的使命を完遂することこそ、戦後80年を迎える今の日本に求められていることなのです。
わたしの息がわたしのうちにあり、
神の息がわたしの鼻にある間、
わたしのくちびるは不義を言わない、
わたしの舌は偽りを語らない。
わたしは断じて、あなたがたを正しいとは認めない。
わたしは死ぬまで、潔白を主張してやめない。
わたしは神のみ手についてあなたがたに教え、
全能者と共にあるものを隠すことをしない。
見よ、あなたがたは皆みずからこれを見た、
それなのに、どうしてむなしい者となったのか。
(ヨブ記 27章 3-5節、11-12節)