2025年3月16日日曜日

第43回:大東亜戦争の真実(4)

 西欧列強による大航海時代が、アジア諸国にとっては悲惨な大侵略時代そのものであったことはすでに詳述しました。財欲に突き動かされた西欧列強が経済的利潤のみを追求する中で、植民地支配という暴挙に出たのは、ひとえに人間の根底にある邪悪な欲望のゆえだったのです。

 では、人間の根底にある邪悪な欲望とは、具体的にはどのようなものだったのでしょうか。そのことをイギリスがアヘン戦争を引き起こすことになる経緯をたどりながら論じてみたいと思います。

 まず、イギリスが清国政府との間で自由貿易を強く求めるようになった理由とはどのようなものだったのでしょうか。実は、イギリスは清国でのみ製造されるお茶を何としてでも手に入れたいと思っていたのです。清国でのみ製造されるお茶、つまり清国から輸入される紅茶にイギリス国民は取りつかれていたのです。イギリス国民にとっての嗜好品(しこうひん)である紅茶は生活において欠かすことのできないものでした。さらに、その紅茶を清国でしか製造できない陶磁器で飲むことが、イギリス国民にとっては最高の喜びであり、まさに至福の時間でもあったのです。

 紅茶とその器である陶磁器、これらのものを自由に輸入したいというのが、イギリスが清国との貿易を求めた主目的だったのです。ところが、清国はイギリスの製品を購入しようとはしませんでした。良質の木綿製品を清国に輸出しようとしても、清国は拒絶するばかりで、貿易は制限されたままでした。なぜなら、当時の清国では安価な木綿や羊毛ではなく、絹製品が広く普及していたからです。すると、イギリスはその絹をも購入したいと思うようになり、ますます清国の物品を渇望するようになったのです。

 清国産の紅茶を好み、それを清国の陶磁器の器に入れて嗜(たしな)み、さらには清国産の絹を身にまとうことに憧れるようになると、それらを購入する際に莫大な銀貨が必要になります。イギリスの製品は清国ではなかなか売れず、一方的に清国の製品を輸入するようになれば、イギリスの財政は赤字になってしまいます。国富(こくふ)の流出は国力の低下を招きます。特に、世界征服の主役を担っていたイギリス海軍は膨大な軍事費を必要としていました。しかし、清国との貿易赤字がイギリスの国家財政を圧迫すれば、海軍力を維持するための軍事費を捻出することは困難になります。

 だからといって、紅茶の輸入を止めることはできない。陶磁器も絹も何としてでも購入したい。これがイギリス民の偽らざる欲望であり、このような物欲にいかに対処するかということが、イギリスにとっては喫緊(きっきん)の国家的課題となっていたのです。いかにして国家財政を破綻させることなく、イギリス国民の物欲を満たすことができるのか、また、イギリスに蓄えられている銀の流出をいかにすれば最小限に抑えることができるのか。このような国家的危機を克服するための国策として編み出されたものが清国へのアヘン貿易だったのです。すでに植民地化していたインドで産出するアヘン(麻薬)を密貿易で売りさばくことにより、紅茶、陶磁器、絹を購入する資金を得ようとしたのです。

 しかもアヘンを輸出することで、清国内にはアヘン中毒者が蔓延(まんえん)することになります。そして、アヘン中毒患者が増加すれば、それは清国の国力を低下させることに繋がります。はたしてイギリスの思惑通り、アヘンの密貿易に端を発したアヘン戦争により、イギリスは清国を弱体化させることに成功し、自国本位の自由貿易を認めさせることで、イギリスは嗜好品である紅茶を思う存分に手に入れることができるようになりました。アヘン戦争に勝利したイギリスは清国から香港島や九龍半島を割譲地として獲得し、アジアでの覇権をより強固なものとすることができたのです。

 イギリス国民が清国産の紅茶に魅了され、さながら「紅茶中毒」とも言えるような状況になってしまったことが、イギリスを清国支配に向かわせた原因となっていたのです。「紅茶欲」とでも言うべき、まさに人間の歪(ゆが)んだ物欲が歴史を動かしたのです。そして、このような邪(よこしま)な物欲を満たすために、いかにすれば自国本位の貿易秩序を築くことができるのか、さらにはそれを実現するために、いかにして相手国を屈服させ、支配することができるのか、そのことだけが国策の中心となったのです。ここに歴史の真実があります。

 イギリスは紅茶を獲得するために清国を支配しようと企(たくら)み、そのための戦略としてアヘンの密貿易を始めました。15世紀から始まった大航海時代においても、その経済的目的は香辛料の獲得でした。物欲が西欧列強の世界侵略の根底にあったことをよくよく覚えておかなければならないと思います。欧米列強がいかに利己的な動機でアジア諸国を侵略し、植民地化により莫大な富を得ていたのか、そのためにはアヘンをも利用して戦争を引き起こし、他国を征服することも厭(いと)わない、実に理不尽で不純な国家戦略が当時の歴史を動かしていたのです。

 紅茶への欲望がイギリスの国策に大きな影響を及ぼし、アヘンが歴史を書き換えたとも言われるような、歴史の真実を私たち日本人は決して忘れてはなりません。アヘンの流入により清国というアジアの強大国は内部から弱体化され、引き起こされた戦争によって徹底的に叩きのめされてしまいました。そして、これが国際社会の現実だったのです。このような欲望むき出しの熾烈(しれつ)な国家間の争いは、今も昔も変わってはいないのです。