日露戦争における最大の戦果は、韓国に対する日本の支配権を確立したことでした。また、満洲からロシア軍を撤退させ、さらに南満洲鉄道の権益を獲得したことにより、日露戦争の主目的はほぼ達成できたのです。しかし、日本はロシアに対する賠償金は放棄しました。それはロシア側が頑強に賠償金の支払いについては拒否し続けたからです。ロシアはいつでも戦争を継続できるという強硬姿勢を崩すことなく、必ずしも講和を望んでいないという立場を見せつけていたのです。
しかし、日本の軍事的・財政的状況は、もはや戦争を継続するのは不可能なほどに疲弊していました。奉天会戦の勝利の後、満洲軍に対する武器・弾薬の補給は途絶えており、砲弾の増産も間に合わないような状況でした。さらに、日本軍の人的消耗は激しく、特に専門的教育を要する下級将校が多く戦死し、継戦能力は限界点に達していました。にもかかわらず、なおも戦争継続となれば、国民は重税に苦しめられ、戦費調達のための外債の発行は後世に過度の負担をかけることになります。軍部や政府首脳は日本の現状を実によく把握していたのです。また、明治天皇御自身は何よりも国の行く末に心を砕いておられました。そこで、日本側としてはひたすら講和の機会をうかがう他に道がなかったのです。