2025年11月23日日曜日

第76回:「令和の米騒動」と天からのしるし

 2025年は日本人にとっての主食である「米」にまつわる問題で日本中が揺り動かされました。米価の高騰や米不足、さらには政府による備蓄米の放出など、さながら「令和の米騒動」と呼ばれるほどの様相が日本各地で散見されました。しかし、このたびの「米騒動」は単なる米価の高騰や米不足、あるいは米の買い占めといった事象にのみ目を向けるべき出来事だったのでしょうか。「令和の米騒動」は、日本人が決して忘れてはならないことを思い起こさせようとする「天からのしるし」だったのではないでしょうか。

 日本人にとって主食である米は特別な意味を持っています。そして、日本が稲穂が豊かに実る「瑞穂(みずほ)の国」と呼ばれていることには、明確な根拠があるのです。それが、先人たちにより受け継がれてきた日本神話です。「令和の米騒動」を通して、私たち日本人は今こそ、心静かに「神代(かみよ)」の歴史を思い起こし、稲作がどのようにして始まったのか、その原点に立ち返らなければならないのです。

 11月23日は何の日でしょうか。カレンダーを見れば、「勤労感謝の日」と書かれています。そして、ほとんどの日本人は11月23日が「勤労感謝の日」という祝日であると思っています。しかし、ほんの80年前までは11月23日は「新嘗祭(にいなめさい)」という祭日だったのです。

 では、祝日と祭日の違いとは何でしょうか。祝日とは「国民の祝日に関する法律(祝日法)」の第二条で定められた公的な休日のことで、正式には「国民の祝日」といいます。年間16日の祝日があります。それに対して、「祭日」とは宗教的な儀式や祭典が行われる日を指し、特に皇室の行事に関連した日のことです。「勤労感謝の日」として祝日となっている11月23日は、実は「新嘗祭」という祭日だったのです。

 「新嘗祭」とはその年の新米の収穫を祝い、さらに翌年の五穀豊穣を祈願する、古くから行われてきた伝統的な祭儀です。戦前においては、皇居における天皇の大祭をはじめとして、全国の神社でも厳かに祭事が行われ、各家庭においても祝われた大切な一日でした。しかし、大東亜戦争に敗戦した後は、GHQの占領政策により「新嘗祭」という祭日は廃止され、日本語的にも意味不明な「勤労感謝の日」という休日に変えられてしまったのです。

 それでも、毎年、11月23日には戦前と何ら変わることのない祭事が全国の神社では行われています。また、御皇室においても新嘗祭の祭儀は毎年、粛々と執り行われているのです。宮中祭祀として天皇御自身がお出ましになる祭祀の中でも「新嘗祭」は最も古く、最も重要な祭祀とされているのです。

 11月23日、天皇は皇居内の神嘉殿(しんかでん)において、天神地祇(てんじんちぎ)に収穫された新米をお供えになります。そして、国家の繁栄と国民の幸福を恭(うやうや)しくご祈念されるのです。その後は、天皇親(みずか)らもこれらの供え物を神からの賜わりものとして召し上がられるのですが、この祭儀は深夜にわたり二度(18時から20時までと23時から1時まで)行われます。

 それでは、新嘗祭が最も重要な祭祀として毎年、執り行われているのはいかなる理由によるのでしょうか。また、新嘗祭の原点とはどのようなものなのでしょうか。実は、「天(あめ)の岩屋戸(いわやど)」と言われる『古事記』の物語の中に、新嘗祭の原点とも言える記述があるのです。

 「速須佐之男命(はやすさのおのみこと)が、・・・勝ちに乗じて天照大神の耕作する田の畔(あぜ)を壊し、田に水を引く溝を埋め、また大御神が新嘗祭の新穀を召し上がる神殿に、糞をひり散らして穢(けが)した。」(現代語訳)

 ここで留意しておきたいのは、高天原には天照大神が耕作される稲田があり、その稲田から収穫された新米をお供えする新嘗祭が行われていたということです。また、高天原の最高神である天照大神は収穫した新米を、より上位におられる神々にお供えして、新嘗祭を執り行っていたのです。新米をお供えする厳粛な祭祀は高天原で行われていたのであり、その祭祀をそのままこの地上で執り行っているのが歴代の天皇であり、また、全国各地にある神社なのです。

 農耕は私たち日本人にとって、何よりも大切な聖業であると共に、高天原でも行われている神事なのです。そして、毎年の新米が神々に捧げられるという祭祀にこそ、私たち日本人の民族精神の起源があるのです。日本人と稲作との深い関係の源泉はどこにあるのでしょうか。それは、『日本書紀』に記述された「天孫降臨」の故事の中に見い出すことができます。『日本書紀』には次のように書かれています。

 「私が高天原に作る神聖な田の稲穂をわが子に授けましょう。」(現代語訳)

 これは、天照大神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を地上に降臨させる際に命じられた神勅の言葉で、「斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅」と呼ばれているものです。「斎庭」とは、神を祭るために斎(い)み清めた場所で、「斎庭の稲穂」とは天照大神が神々にお供えされた稲穂のことです。そして、天照大神は地上に降臨する瓊瓊杵尊に高天原の稲穂をお授けになり、地上の国を高天原のように稲穂が豊かに実る「瑞穂の国」にしようとされたのです。

 天孫の瓊瓊杵尊が高天原で収穫された神聖な稲穂を携えて、高千穂の峰に降臨されて以来、日本という国は、稲作を中心とした「瑞穂の国」として悠久の歴史を刻んできました。そして、日本人は先祖から受け継いだ米への感謝と共に、子々孫々のために一所懸命(「一所」とは一つの土地のことであり、その土地を「命を懸けて」守ると共に、何世代にも渡って「懸命」に水田を造成しつつ、稲作をしてきたことに通じる言葉でもあります)に稲田を守り、広げてきたのです。

 ところで、「新嘗祭」の最大の特徴は、神霊が臨在する中で神人共食が行われるという宗教的性質にあります。高天原では天照大神がより上位の神々と共に新嘗(しんじょう)をなさり、地上では天皇親らが天神地祇と食を共にされる、このような神聖な祭祀が日本人の米食文化の礎となっていることを私たちは思い起こさなければなりません。日本人にとって「米」とは、古来より大切に受け継がれてきた深い宗教的な意味をもつ食物であり、天からの授かりものだったのです。そして、日本人はそのような「米」を霊的な力が宿る穀物として大切にしてきたのです。

 「新嘗祭」の起源とその宗教的意義を思い起こす時、日本民族の中には「米」に対する感謝だけでなく、一年に一度、天からの賜物を共に食することにより、私たちの内にある霊的な生命がより強められることを願う、神聖な信仰があることに気づかされます。11月23日を「勤労感謝の日」としてではなく、「新嘗祭」として記念し、稲作に従事される農家の方々を「大御宝」として敬ってきた先人の心を私たちは思い起こさなければならないのです。そして、新米の豊かな収穫を祝うと共に、国家の繁栄と国民の幸福を祈られる天皇陛下に衷心(ちゅうしん)からの感謝を捧げることこそ、「大御心」に添うた日本人としての生き方なのではないでしょうか。

 私たちの祖国、日本とはどのような国なのでしょうか。美(うるわ)しい大地に稲穂が豊かに稔(みの)り、その稲穂が日の光に照らされて黄金色に輝く「瑞穂の国」、それが日本なのです。未来永劫にわたって、日の本の国が美しい瑞穂の国であり続けることを願う祈りが、私たちの心から捧げられるならば、高天原から授けられた恵みは決して絶えることはないはずです。現代の日本人が忘れてしまっている天からの賜物に感謝するという祈りの心を取り戻すために、「令和の米騒動」は天からのしるしとして与えられていたのかもしれないのです。地上における喧噪にばかり心を向けるのではなく、神代の歴史から流れている日本人の民族精神にこそ目を向けなければならない時なのではないでしょうか。

 パリサイ人とサドカイ人とが近寄ってきて、イエスを試み、天からのしるしを見せてもらいたいと言った。イエスは彼らに言われた、「あなたがたは夕方になると、『空がまっかだから、晴だ』と言い、また明け方には『空が曇ってまっかだから、きょうは荒れだ』と言う。あなたがたは空の模様を見分けることを知りながら、時のしるしを見分けることができないのか。 (マタイによる福音書 16章 1-3節)